内藤とうがらしは、江戸時代に新宿御苑が内藤藩の下屋敷だった頃、敷地内の畑に一面に栽培されていたとうがらしです。

江戸時代は戦乱の世が終わり、暮らしも豊かになったことから、江戸の街では白米が甘くて美味しいことから、白米を多く食べる人が増えました。が、ミネラル分の不足で脚気となる人が増え、「江戸患い」と呼ばれるようになりました。

ちなみに、玄米を食べていた地方では、脚気は流行らなかったそうです。

この事態を憂慮した幕府は、江戸の大名屋敷で野菜を育てて食べることを奨励、各大名屋敷は地元から種を取り寄せ、栽培を始めました。

これが、今再び活気づいて...

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